擬機械化

人間を「擬機械化」する時代になって、怖いと思う。

「うわ、なんか思考がバグった」とか、
「自分のスペックが低くて辛い(>_<)」とか、
「暗記量が多すぎて脳内メモリが限界」とか、
「記憶が上書きされてしまった」とか、
「この問題の計算量おかしい」とか、
「彼はデフォルトで元気だ」とか、
「偏った考え方をアンインストールしたい」とか、
「人間には死がプログラムされている」とか。

機械が人間に近づくことを夢見ていたはずが、いつの間にか人間が機械であるかのように考えてしまっている。怖いことだ。
人間は自ら道具を作り、そして道具に動かされてしまう。文字を得て記憶力を失う。調理を得て咀嚼能力を失う。時計を得て時間に追われる。冷暖房を得て体温の調節力を失う。検索エンジンを得て知識を覚えない。
世界はずっと平和になった。コミュニケーションの手段は広がった。この孤独感は何なのだろう。
すべては絡み合う。人間は分割して考えるが、世界はそう分割できない。人間が世界をよりよくしようとする限り、世界には新たな問題が生じる。後戻りはできない。
世界はこれからどう変わるのだろう。僕が生まれてから、携帯電話が広まり、コンピューターが広まり、GUIが広まり、オブジェクト指向が広まり、インターネットが広まり、タブレットが広まり、スマートフォンが広がった。僕は20世紀と21世紀の狭間を見た。そして僕はディジタルネイティヴと呼ばれる世代に属することとなった。一年先がどうなっているかわからないという諦め。そして現在をひたすら楽しもうとする無謀さ。

それでも、僕はこの時代が好きだ。