これは私の気に入った。

「気に入る」という言葉について最近知ったこと。
僕は「気に入る」を「私はこれを気に入った。」のように他動詞として使うのしか見たことがなかったし、これが自然だと信じていた。
R・ブローティガン「西瓜糖の日々」の藤本和子訳を読んだところ、次のような表現があった。

アイデスでは、どこか脆いような、微妙な感じの平衡が保たれている。それはわたしたちの気に入っている。

「これは私の気に入った」という形の表現が出てきたのだ。「気に入っている」が出てきた箇所は何か所かあったが、すべてこの形だった。
どうやら「これは私の気に入った」の形が本来であって、「私はこれを気に入った」は最近の用法らしい。ただ僕はこの表現を「西瓜糖の日々」で初めて見たので、「気に入る」の他動詞化はかなり進んでいるようだ。
明鏡国語辞典を見るとこんなことが書いてあった。

◆気に入る
好みに合う。「私の気に入っている服」
▽五段動詞としての一語化が進んでいる。
[語法]
「彼のことが気に入る/彼のことを気に入る」では、前者が伝統的。近年は「〜を気に入る」も多い。「〜が好き/〜を好き」と並行的。

だから本来「気に入る」というのは誰かの「気」に「入る」ということがもっと意識されていたのだと思う。
「これは私の口に合う。」とかそういう感じの表現だったのだろうと思う。

ところで「気に入る」の尊敬語の「お気に召す」ではまだ本来の形が残っている気がする。

この料理、あなたのお気に召しましたか?

みたいな表現は割とよく聞く気がする。尊敬語は使われる機会が少ないので一語化がそこまで進まなかったのだと思う。ただ「あなたはお気に召しましたか?」という表現も聞く。
ちなみにGoogleで検索すると

"わたしは気に入りました" 約 68,300 件
"わたしの気に入りました" 約 3,890 件
"あなたのお気に召しました" 約 9,970 件
"あなたはお気に召しました" 1件

とはっきり違いが出た。やっぱり、「気に入る」は他動詞の形、「お気に召す」は本来の形が好んで使われるようだ。

ところで「気にする」は他動詞の形のみが使われ、「気に掛かる」「気に障る」「気に食わない」は「気に入る」と同様二種類の形が使われる。要は「気に+他動詞」か「気に+自動詞」かの問題である。(これに当てはまらないものもある。「気になる」は「これが私は気になる(×私の気になる)」という風に使う。)
「気に入る」の他動詞化の一因に、「入る(いる)」という言葉が現代語で自動詞として使われなくなったことがあるような気がする。
真相が気になる。